立花家十七代が語る立花宗茂と柳川
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戸次頼時譲状写
観応二(1351)年二月十日
戸次頼時譲状写 立花文書
翻刻文
戸次氏は大友氏の庶流で、重秀の代に大神系戸次氏を継いだと言われます。鎌倉時代には豊後国の戸次庄などの多くの地頭職をもつ、守護大友氏に匹敵する豊後国の領主でした。この譲状は南北朝時代戸次頼時が嫡男万寿丸へ譲った所領を書き上げています。本文中に福寿丸の母堂や庶子には別の譲状を与えると書かれており、戸次頼時の所持していた所領はもっと多かったと考えられます。嫡男万寿丸へは、名字の地「豊後国戸次庄地頭職」や後に本拠地となる「藤北名半分地頭職」が記されるなど、豊後国の所領が大半ですが、伊勢国や肥前・日向国の所領も見られます。

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翻刻文
譲与  嫡男福寿丸
 相伝所領田畠所職等事
 在
伊勢国塔世御厨内半分南方   地頭職
豊後国戸次庄地頭職      緒方庄内小河名地頭職
安岐郷内守江村地頭職     大野庄下村半分 惣領分 地頭職
由布院六十町
同村内藤北名半分地頭職    俣見波多方内十郎八郎名等地頭職
八坂庄内生和名地頭職     阿南庄内光一松名地頭職
三重郷井田郷内梨畑      国東郷内小原冨来村□村半分
真玉村半分等地頭職      肥前国財部四郎市重幸跡
日向国宮崎庄 惣領分 地頭職  朝見郷并立石村弁済使職等
大神之庄内近部藤原
右所領所職等者、或重代相伝之所領、或元弘建武勲功
地、且由緒相承当知行無相違所々也、而令発向軍陣之間、相
副次第証文等、所譲与于福寿丸、無他妨可令領知之、但此
内福寿丸母堂源氏女并庶子分者書与各別之譲状
者也、不可致違乱煩、将又福寿丸若無男子者、次男万寿
丸可令知行、是又無男子者守次第可相続、子細同前、凡
至于重秀跡惣領職者、頼時嫡家惣領代々御公事
等者所令支配庶子等也、任先例可致沙汰、且為後
鑑置文一通書置之処也、於違背輩者為不孝之仁
不可令知行頼時之跡、仍譲状如件
   観応弐年二月十日   前丹後守頼時在判

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